沈没したノルマントン号にはイギリス人、ドイツ人、中国人、インド人、日本人らが乗船していたが、事故の際、船員であったイギリス人、ドイツ人ら
白人はほぼ全員が生存した一方で、乗客であった日本人25名全員が死亡した(また、インド人の乗組員も全員死亡した)。さらに、助かった船員らは
救命ボートで避難していたため、船長が適切な避難誘導をせずに、乗客である日本人を取り残したのではないかとの疑念から当時の世論が沸騰した。これは当時の欧米(白人社会)に広まっていた
人種差別の考えがあったと思われる。
事実検証についても
不平等条約の壁に阻まれ満足な解決が得られず、裁判では、「船員は救命ボートに移るように説明したが、日本人乗客は船内に籠もって出ようとしなかった(ノルマントン号は貨物船なので、日本語が話せる乗客向けのスタッフはいない)ので、やむなくそのままにした」旨を証言した
J.W.ドレーク船長らイギリス人全員が無罪となった。その後、国民の反発に押された日本政府の抗議により、再審理がなされ、船長のみに
禁錮3ヶ月の刑が言い渡された。