乗客数も速度も標準的なプロペラ機の約2倍の707は、コメットMk.1 の事故調査で得られた教訓を採り入れ入念な安全対策が図られる傍ら、アドバイザーとして(多分に宣伝効果を狙って)
チャールズ・リンドバーグを招聘し、初めから
大西洋無着陸横断が可能な仕様で設計され、デビュー前から圧倒的な人気を誇った。巨大企業ボーイングが
FAAに対する政治力を発揮して、対策改良型コメット Mk.4 に対する
耐空証明再発行を先延ばしし続けさせたとも言われており、その間に十分な開発期間が確保された。
1958年にコメット Mk.4 が大西洋路線に漸く再就航した時には、707の進空は間近の情勢で、殆どの航空会社が完全に第2世代の707やDC-8を選択した。懸念された
燃費も旺盛な旅客需要で相殺されることが分かり、その後も順調に受注数を伸ばして、
1991年に生産中止(民間型は
1982年に生産中止)されるまでの33年間に、
軍用型を含めると1,010機が製造された。処女作にしてベストセラーになった707は、大型機の老舗ボーイングの声価を更に高めた。