16歳で渡米、苦学して
ワシントン州立大学演劇科卒。俳優として『バタフライ』などの映画に出演した後、1937年帰国、NHKの国際部に勤務。戦時、米州部放送班長いわゆるアナウンサーとして、アメリカ兵に対して厭戦を行っていた。また、
太平洋戦争終結時、放送された
玉音放送(
終戦の詔書)を英訳し、敵国に対し
国際放送でこれを朗読した。戦後46年から51年まで、「カムカム エブリボディ」で始まるラジオ講座「
英語会話」の講師を務める。日本の英語ブームの元祖火付け役である。映画『
運命』(牧田役)にも出演した。後に太平洋テレビ副社長。勲五等双光旭日章。
・平川は、玉音放送(終戦の詔書)の英訳に関して、
昭和天皇の尊厳と原文(
漢文訓読体)の格調を損ねないよう、非常に古典的で厳粛、且つ重厚な最上級の
文語体による英訳を行った(実際には当時、英国王室で公式的に使用されていた、
ヴィクトリア朝のクィーンズ・イングリッシュと思われる)。また、朗読に際しても英訳と同様、威儀を正して昭和天皇の様に、威厳をもって臨んだ(
TBS報道特集より)。