東北帝国大学創立期の
大学の略称は、
東京帝国大学のそれが「東大」であったため「北大」であった
[河北新報1922年11月18日記事見出し]。後に東北帝国大学から分立した
北海道帝国大学は「海大」とされた。ただし、現在では「北大」を東北大学の略称とすることはなく、「東北大」が用いられる。また「東北」の
中国語読み(Dong1 Bei3)から「トンペイ」「トンペー」の愛称も使用されている。なお、「東北」(北東)を一字の方角で表すと「
艮」(ごん; うしとら)となるため、東北大学
医学部の関連施設や団体では「艮陵」(ごんりょう)の名称が数多く用いられているが、大学全体や他の学部での使用例は少ない。
: 東北帝国大学創設当初、既設の帝国大学が
旧制高等学校出身者にのみ入学を認めていたのに対して、東北帝国大学は旧制高等学校以外の教育機関出身者にも入学を認めた(傍系入学)。また、には3人の女子学生に対して入学を許可しているが、これは帝国大学としては初の女子学生に対する入学許可であった。このような経緯のもとに、現在では「門戸開放」のフレーズは、「学生・教員を問わず真に実力のある者はそのバックグラウンドにかかわらず受け入れる」という東北大学の方針を一言で表すための標語となっている。また、
男女雇用機会均等法の改正を受け、
杜の都女性科学者ハードリング支援事業やサイエンスエンジェル制度も導入されている。現在の学部学生は、
東北地方以外の出身者が過半数を占めており
[[外部リンク] 東北大学概要 2008(東北大学)]、旧帝国大学の中では地元以外からの入学者比率が最も高い(
参照)。