アジア、
アフリカにとっては苦渋の時代であり、
トルコ、
タイなどの国では西欧文化を取り入れ近代化が試みられた。
清帝国は
アヘン戦争の敗北により、植民地化がはじまる。1853年、アメリカのペリーが浦賀に来航、
江戸幕府に開国を認めさせ、日本も欧米を中心とした
世界経済に組み込まれた。
1868年には長らく続いた
幕藩体制は崩壊し(
明治維新)、新たに発足した
明治政府は欧米文化を摂取して急速な近代化を目指した。19世紀末には、近代化に成功した
日本以外の国は、西欧列強の植民地にされるか、強い影響下におかれた。
19世紀中頃に、ドイツ、
フランス、
アメリカ合衆国はイギリスに続いて産業革命をなしとげた。こうした後進産業国では政府の強力なリードのもとで産業育成がなされた。19世紀の末期には資源の豊富な
アメリカ合衆国や
重化学工業分野が成長したドイツの発展が著しく、事実上イギリスの覇権は崩れた。これにより19世紀末には列強の植民地争奪競争がおこなわれた。日本も
日清戦争、
日露戦争などを通じ、こうした植民地争奪戦に乗り出していく。